『いま円安であるが、海外資産での運用について聞きたい。ドル建生命保険で15年間運用して、退職後に一括で受け取る事を想定している。どうだろうか?』
とあるセミナーでこのような質問がありました。
よい機会なので、このテーマについて掘り下げてみようと思います。
ドル建生命保険といっても、中身が果たしてなにで運用されているかよく分かりませんが、質問から推測するに「ドル建生命保険」は、いわゆる「積立利率固定型一時払い外貨建終身保険」を指すと思われます。
米金利の上昇を背景に、4%超の利率を10年~15年にわたり確保できる保険商品がたくさんあります。
積立利率固定型は債券を中心に運用されることが多いと思いますので、まずは債券投資と比較してみます。
ドル建生命保険の利率は商品によりますが、とある生命保険のホームページでは、満期10年で4.38%、15年で4.41%と紹介されています。
どのような債券で運用されているかは面倒なので調べませんが、とりあえず米国債と米国社債を中心に運用されていると思っておきましょう。
一方の「債券を直接購入」のパターンの利率を見てみます。
個人が直接変える債券マーケットというのがそもそもマイナーなのですが、楽天証券などでも最近、国内既発債の取り扱いが始まって、買える機会は増えてきました。米国企業の社債は、有名企業を中心に個人でも買うことができます。
例えば楽天証券で米国社債を調べてみると、10年~15年程度の債券で、5%~5.5%となっています。
米国債はというと、5年~10年で4.35%程度です。
安全性の高い米国債だけで運用しても、ドル建生命保険と同等の利回りが実現でき、社債も含めれば、確かに債券を直接購入したほうが利回りは高くなりですね。
ただし、生命保険会社は、さすがに利回りだけを見て債券を買っているわけではないでしょう。詳細な分析の元にポートフォリオを組んでいると思いたいです。
一方、個人で社債を直接購入した場合、自分で選んだ社債の発行元が債務不履行に陥ったときなどのリスクをすべて個人で負うことになります。
そういったリスクヘッジを含めての生命保険会社の手数料だと思えば納得できます。
税金面では生命保険のほうが有利
簡単に言うと、利益から50万円を引いて、その2分の1が課税対象になります。この「2分の1」してくれるところが大きいですね。課税対象に対してかかる所得税率は、給与所得などと合わせて算出され、普通の人はだいたい10%~30%くらいです。
注意点としては以下2点。
①契約から受取まで5年以内だと、金融類似商品とされ、一時所得ではなくなり、譲渡所得になる。
②ドルで受け取ったとしても、その時点の基準レートで円換算され、為替差益も含めて課税される。
このような注意点はあるものの、とにかく一時所得で受け取れるのは有利です。
さらに、ドル建生命保険は生命保険料控除の対象でもあります。払込保険料に対しても税還付が受けられるメリットがありますね。
さらにさらに、生命保険としての機能もあるため、もし自分が死んでしまって遺族が受け取ることになった場合、相続税上の優遇(生命保険金の非課税枠)もあります。
一方の債券直接購入の場合は、利子に対して利子所得として20%、償還時にもし差益があれば譲渡所得として20%課税されます。利子の無い割引債の場合は、基本的に差益が出るはずなので、それに対して譲渡所得20%が課税されます。
ちなみに、海外現地の証券口座などで購入し、国外で徴収された税金がある場合は、その分は控除され、国内と国外で二重課税されることはありません。国内の証券会社で買うなら、そもそも国外で税金徴収されることはないので気にする必要はありませんが。
以上、税金面では、ドル建生保のほうが有利といえそうです。
次に、受取時の税金面を考慮します。
まずドル建生命保険の受取時の税金は、その契約方法や受取人にもよりますが、シンプルに自分が契約して自分が受け取る場合を考えると、一時所得として課税される可能性が高いでしょう。
この一時所得は、税金上はかなり有利です。一時所得の計算方法は国税庁HPをご覧ください。
【ドル建生命保険】
利回り△ リスクヘッジ〇 節税〇
【債券購入】
利回り〇 リスクヘッジ△ 節税×
生命保険のメリットを超える、魅力的な利回りがあるかどうかが、債券購入のポイントになる、といったところでしょうか。
いま、ドル建生命保険を一時払いで仕込むのは危険か
冒頭の質問に戻ります。
『いま円安であるが、海外資産での運用について聞きたい。ドル建生命保険で15年間運用して、退職後に一括で受け取る事を想定している。どうだろうか?』
この質問の最大のテーマは、「いま円安なのにドル仕込んで大丈夫か?」という事だと思います。
これを考えるにあたって、まず、話を「一時払い」に絞ります。
一時払いではなく、毎月払いなどで積み立てていく場合、為替の影響は積立期間が長いほど減りますが、現状、国内の一般的なドル建保険で積立すると、利率はよくて1%~2%程度と思われます。それだと金融商品としてそもそも魅力が少ないので、ここでは一時払いを前提に話します。
まず、「いま、円安なのか」についてですが、これは分かりません。
過去を振り返ると、かなり円安です。
しかし、今年の年初は142円くらいで、やはりかなり円安と言われていました。その時にもしドル建て生保をやるか悩んでいたなら、とっととそのドル建生保やったほうがよかったということになります。
仮に「もう少し円高になったらドルにしよう」と考えているとしたら、それはとても高度な専門知識を要する判断ではないかと思います。もし150円まで下がったときに、そこで買う判断ができるでしょうか。145円まで下がる可能性はないでしょうか。
現在のドル建生保の利率4.5%の状態で、1ドル80円になったら、もちろん人気になるでしょうが、1ドル80円付近だった2012年頃、米国債の利回りは1.5~2%程度でした。到底、4.5%も出せそうにありません。いま円安だから、ドル建生保がこんなに高い利回りになっているとも言えます。
為替というものは、いろいろ複雑に絡んだ結果であるため、利回りなどの諸条件を、現状と横並びにして将来の有利不利を比較できるものではないと思います。(後から見て、結果的に、円高の時に仕込めてよかったね、みたいなことはあるのでしょうが。)
以上のことから、為替に関する高度な専門知識を有していないのであれば、これから円安になるか、円高になるかは、どちらも確率50%と考えて対処するのが最も現実的ではないかと思います。
円高になった場合と円安になった場合のリスク
では、ドル建生保をやった場合とやらなかった場合、そして、これから円安になった場合と円高になった場合の、資産への影響を考えてみます。
①ドル建生保をやった場合(ドルにした場合)
・円高になる ➡ 資産価値DOWN
・円安になる ➡ 資産価値UP
②ドル建生保をやらなかった場合(ドルにせず円で持ち続けた場合)
・円高になる ➡ 資産価値UP
・円安になる ➡ 資産価値DOWN
①は分かりやすいと思いますが、円しか持っていない人にとって、②の円安による資産価値DOWNは、実際に資産が減るわけではないので分かりづらいかもしれません。
円しか持っていない場合、為替のリスクが無くて安全と感じるかもしれませんが、為替変動の影響は必ず受けています。円の価値が低下するということは、物価高という形をもって、実生活への影響があります。
ちなみに、②の円高の場合は資産価値UPとしていますが、1ドル80円時代は不況だったことを考えると、円の価値は確かに上がりますが、それが歓迎できる状況かといえば一概に言えません。ここでは、単純化してお話ししていますが、為替レートは本来、世界の金融政策や経済活動の結果として高くなったり低くなったりするもです。「円安になったからインフレ」ではなく、「いろいろあってインフレになって円安になった」と考えるほうが自然です。
結局、今後は円高円安どちらの可能性も同じくらいあるということを前提にすれば、現在のレートは気にする必要ないともいえます。
むしろ、ドル建生保をやるといっても全財産を突っ込むことはないでしょうから、そうなると円とドル両方持つことになり、①、②が打ち消しあって為替の影響は減るともいえます。
以上の話をまとめて、私が質問に答えるなら「現状の為替レートを気にするより、現状のインフレ率に対応できる利回りを確保することを考えて運用する事を優先すべきと思います。」という回答になります。
最後に、質問にあった「退職後に一括で受け取る」という部分についてですが、おそらく老後資金として使うと推定されます。
取り崩し期間を長くできれば、それだけリスクも減らせるので、受取タイミングに余裕を持てるかどうかは大事です。今回は、15年満期で受け取るとのことだが、すぐに円に変えて使う必要がある資金よりも、余裕をもって取り崩せる資金のほうが、ドルから円に変えるタイミングも選べ、為替変動にも対応できる可能性が高いのではないでしょうか。
余裕をもった資金で運用し、余裕をもって受け取ることのできる資金運用計画にすることも大事ですね。
まとめ
ドル建生保は、債券直接購入より利回りは劣るが、リスクヘッジや税金面で優れている。
今後、円安になるか円高になるかは分からないので、あまり気にしてもしょうがない。
円とドルの両方の資産を持っていた方が、総資産に対する為替変動の影響は少なくなる。
余裕をもった資金で運用し、余裕をもって受け取るようにするとより安心。